まさかソフトウェアエンジニアの自分が本業で家を建てる仕事をするとは思っても見ませんでした。2年前、DeployGateの米国オフィスを自分で施工した事をきっかけに声をかけてもらい、以来、技術アドバイザーとして携わらせて頂いていた米国の建築スタートアップ「HOMMA」に本格的に参加し、ソフトウェア・アーキテクトとしてアメリカでスマートハウスをソフトウェア面から設計して家を建てる仕事をはじめました。趣味の電子工作から初まり、深センでの独自設計ハードの少量生産、アメリカでのオフィスの施工と来て、次はまさかの本物の建売住宅の開発です。プログラミングの傍ら取り組んできた物理的な「ものづくり」のサイズがどんどん大きくなってきて楽しい限りです。制御用のファームウェアやアプリ、Webシステムを書きながら、ヘルメットを被って建設現場で大工職人さんへ施工の指示出しをしたり、信号線や電力系統の配線を設計して建築士の人と一緒に製図したり、フルスタックエンジニア(物理)として頑張っています。

現在、すでにプロジェクトが進行中で、この夏には建築面でのプロトタイプとしての1棟目が私達の経営しているワイナリー「Sunset Cellars」近くのBeniciaという場所に完成予定。来年には自分が作ったシステムが載った十数棟からならスマートハウスのコミュニティをオレゴン州のポートランドに建築する計画です。

今度は本物の家を作っています!

スマートハウスって何作るの?

家自体を1つのハードウェアとして考え、住宅そのものがネットに繋がり、住空間がセンサーとソフトウェアによってスマートに制御される新築住宅を設計して作っています。IoTが叫ばれて久しい世の中、身の回りの様々な機器がネットに繋がり、車や工場ですらソフトウェアで制御される時代ですが、一般住宅としての家そのものは極めて進化が少なく、いまだに物理接点や電気的な制御・挙動が一般的です。

また、家そのものは多くの部材や製品の集合体という側面もあるので、現段階では一般的に「スマートホーム」といえばGoogle HomeやAlexaを買ってきてHueの電球やスマートロックを取り付けて制御したり、手の混んだものでもRaspberry Piで一部の工作好きなエンジニアが色々とおうちハックしたりなどのDIY的な「あとづけ」が基本的なアプローチです。当然100人の顧客がいれば100通りの間取りが存在するため、いわゆる「スマートデバイス」は一般的で比較的共通項の高い住空間や状況を想定して設計されており、逆を返せば特定の住空間に最適化されているUXを提供できているとは言えません。

加えて、スマートデバイス各社の製品はプラットフォーム戦争の余波をモロに受けており、プラットフォーム間の連携やUXはお世辞にも良いとは言えません。スマートスピーカーを使うためにGoogleやAmazonのアカウントでログインし、ライトの制御のためにPhilipsのHueアカウントを作り、センサーや機器のメーカーごとにアプリをインストールして設定してIFTTTで連携させて….みたいな完全にバラバラのものをつなぎ合わせる趣味の世界です。自作PCや走り屋の車みたいなもので、よほど好きな人じゃないと多くの機器を連動させて便利な生活を実現することは出来ません。

自分が目指しているのは、家やコミュニティスペースそのものの構造や設計を上手く活用してスマートに制御し「メカやITなんてようわからん」という多くの普通の人が、何も知らなくても住み始めた瞬間から便利で快適に暮らせる家を作ることです。家に関する様々な部材やデバイスがスマートに制御できるように施工時からビルドインされており、それらが特別な知識がなくても普通に住んでるだけで良い感じに動いてくれる住空間を作ります。

かなり形になってきました

具体的に何をするの?

スマートスピーカを各部屋に置き、既存製品を買ってきて取り付けて「スマートホームです!」と言ってる住宅メーカーはいくつか存在します。でも自分のアプローチはそうではありません。建物の設計を自分で行って施工段階から携われる住宅メーカーだからこそ出来る取り組みをやります。具体的には自分で考える住宅のハードウェアとしての重要な基本機能は照明と空調、セキュリティそして住空間のデザイン性です。

たとえば照明、電球をHueに変えればアプリから制御はできます。でも壁のスイッチを切っちゃうとHueは動きません。目覚まし代わりに朝に電気が自動でONになる設定をしてワクワクしながら寝たのに、夜、妻がトイレに行ったときにスイッチをOFFにしちゃって動かなかった!みたいな笑い話を友達がしていた事があるのですが、そういう本末転倒な話は既存のスマートデバイスには付き物です。スマートオーブンを買ったらネットが落ちてる間調理ができなかったとか、スマート水栓にしてたせいで停電時に水が飲めなかったとか。そんな感じの「結局人類の生活が便利になったのか不便になったのか良くわからない」事もあまりにも多いです。すべてはインテグレーションが中途半端であることに起因していると私は考えています。

設計&施工段階から取り組めるなら、照明に関してはこんな事ができると考えています。照明スイッチの状態を仮想的なものにして、人間の操作をアプリやシステムから上書きして制御できるようにするのは勿論の事、同じ電気のONという操作であっても、時間やその部屋の外光の状況によって照度を動的に変えたり、センサーで読み取った室内の状況によって挙動を変えることも可能です。たとえば自動で点灯するトイレの電気も、昼や夜は明るく、深夜帯は目が覚めないように光量を最小に落として点灯したり、誰もいないベットルームに入ったときは天井のダウンライトが自動点灯するが、誰かが室内に居て消灯状態のとき(つまり誰かが寝てる or 意図した消灯の可能性が高い)に新しい人が入っても自動点灯はせず、足元のフットランプだけ点灯させて足元の安全を確保しつつ寝てる人に配慮する、みたいな事も可能です。もちろんセンサーは最適な位置にセットされており、壁の中に埋め込まれていて見た目にも綺麗。スイッチやダウンライトも見た目は普通の家なのに、最初からスマートに動く、といった具合です。このあたりが設計・施工・配線の段階から携われるメリットです。火事などの緊急時に自動的にライトを点灯させることや、将来的には光量だけでなく、時間や環境光の状況によって色温度を制御することも可能です。

設計時からセンサーやでデバイスのインストールを考慮します

空調に関してもアメリカはセントラルヒーティング&クーリングが主流ですが、実際には寒い場所と暑い場所の差が激しく、渡米して以来ずっと不満です。これも宅内に埋め込まれたセンサーで細かく情報を集め、家の各場所の吹出口を個別に制御してあげれば家全体を効率的に空調することができます。(個人的には寒がりなので床暖房もぜひやりたい)CO2の濃度を計測して換気を制御すれば、作業効率を向上させる健康的な住環境を提供できるかもしれません。

セキュリティのためにすべてのドアや窓にセンサーを埋め込むこともできます。センサー用の給電&信号系統を持つので、電池を定期的に交換したり、そもそも頑張ってセンサーを後付したり調整したりする必要もありません。

これら個々の家のスマート制御に加えて、施工者でなければ出来ない面白い取り組み領域としては共有資産とコミュニティスペースの制御があります。たとえば集合住宅では表のゲートやインターホンは共有ですが、その共有資産を自分の家の呼出のときだけアプリを経由して操作できるようにしたり、ゲスト用の一時鍵を簡単に発行できたり、宅配ロッカーへの配達をスマホに通知したり、自分の家に関して他の場所から撮影したセキュリティカメラの映像へのアクセスを共有したりなど、色々楽しそうな事が考えられます。

加えて住空間のデザインというのは私達人間が身体的に享受するUXの最たるものだと考えています。僕たちが作ろうとしているのは別に壁にモニターがゴロゴロと埋め込まれたSFチックな家ではありません。モダンなデザインと使い勝手がよく、多岐にわたる家の機能を簡単に操作できる物理的なUIを持った家です。UIやUXの設計というのは、何もブラウザやスマホの画面の中だけの話ではありません。住空間すべてのUXを設計し気持ちの良い操作感や居住性を実現するって、すごく楽しそうだなと思っています。

UXデザインを担当するエディ(中央)はAppleやGoogleでiPhoneやAndroidの初期デザインを担当していました

なぜやるの?アメリカでやる理由は?

なにより楽しそうで性にあってる、というのが大きいかもしれません。自分は特定技術や領域というよりフルスタック型の人間で、とにかく「ものづくり」が全般的に大好きで、中でもレガシーな領域や問題をITや仕組み化でスマートに解決するソリューションを生み出すことに生き甲斐を感じています。またオフィスを自分で施工するという謎の機会から会得した建築に関する専門技術も、設計士や現場の施工職人との仕事にめちゃくちゃ役立ってます。家が建てれるソフトウェアエンジニアというのは、もしかするとレアかもしれません。

加えて、挑戦領域が広いというのも楽しそうです(その分クソ大変なのですが)。今まで本業にしてきたiOS/AndroidアプリやWebサービスは当然作らないといけませんし、家を動かす組み込み用のソフトウェアや、スマートに振る舞う制御エンジンも作らなければいけません。当然機械学習とかも必要になってきますし、住空間というプライバシーへの配慮が必要な空間ゆえに、カメラや画像解析を使わない手法を作り出す必要です。加えて、こんな事をやってる人は他にいないので、センサーの回路や基盤設計と製造も行わなければいけませんし、建築現場で取り扱える部材の形への製品化や、取り付け工法、120Vではない低電力のセンサー系統の配線規格&施工方法も自分たちで作り上げなければいけません。総合格闘技感があって大変楽しそうです。

久々にオフィスに出社する仕事です!

また、DeployGateを卒業させてもらったときに、今度はアメリカのローカルのチームで、ひとりでは作れないものを作ってみたいなという希望がありました。Webサービスやアプリは規模が小さければ最初は一人で作ることができますが、販売用の家は一人では絶対建てれません。建築家が居て、設計者が居て、構造計算する人が居て、柱、壁、床、電気、水道、塗装ほか様々な施工職人や業者が居て、様々な法律やレギューレーションを守って許認可をもらう必要があって、それを管理する人やファイナンス面で支える人が居て…などなど、建築業はチームで動かないと絶対にワークしない業種です。チームはまだ小さいですが構成メンバーは大変グローバルで、建設現場でのコミュニケーションは基本的に英語です。今までとは異業種のプロジェクトで、自分はテクノロジーを任されつつ、他の分野の背中を任せられるプロフェッショナルと仕事が出来るのはとても刺激的です。

アメリカでやる理由もあります。そもそもアメリカの住環境に不満しか無かったというのもあるのですが、空き家が問題になる日本とは状況が異なり、住宅需要や新築着工数が年々増加している有望な市場です。またアメリカは不動産の価値が基本的に下がらないということもあり、家を買っても4-8年くらいでライフステージに応じてどんどん住み替えるみたいな事が普通で、高い流動性を持ちます。一方でこれまでのアメリカの家は基本的に無駄にデカくて古臭く、やっと家を買う対象世代になった私達ミレニアム世代や、DINKSを始めとした新しい時代の家族構成や生活スタイルには合わず無駄が多く、値段も目が飛び出すほどに高いという現状があります。丁度いいサイズのモダンデザインの新築、加えてテクノロジーのことも良くわかってて気が利いてる家を作るというのは、面白そうだなと思っています。また新築に関して日本は世界最先端の技術と経験を持っています。こういうものもどんどん輸出していきたいなと思っています。

地価の要素が強いですが、シリコンバレーではこのボロ家が2億円です。築102年の22.6坪

新しいキャリアとして

キャリアについても自分なりの考えがありました。私は1985年生まれですが、私達の年代のエンジニアは「2.0」という言葉とともにWebやインターネットの可能性や夢を熱く語り、Webの時代の開発を現場でジュニアとしてて支え、スマホの時代ではアプリの開発をシニアとして牽引したり、サービス開発や起業、事業の中心を担ってきた世代です。そんな私達も歳を取りました。優秀な若手に支えられつつ、経験と知識を生かしてさらなる専門性を追求する人やマネージメントに領域をシフトさせる人、経営側に回る人、周囲の人々のいろいろな人生の選択を最近感じる事が多々あります。

私のように「技術大好き!」「ものづくり大好き!」という広めの関心と純粋な興味で手を動かして生きている人間(逆を言えば特定領域を深堀りしまくることやマネジメントが苦手)としても、何か自分の力を有効に使える方法は無いだろうか、という考えがありました。その答えとして、一通りの開発から経営、テクノロジーに関する知識と経験を持って、まだテクノロジーが救えていない、自分が好きなジャンルの世界に旅立って技術サイドから新しい取り組みに挑戦するということに今は興味を持っています。ワイン造りに取り組むのも同じような楽しさを感じるからです。ラノベ的に勝手に異世界転生と呼んでいます。

コミュニケーションは基本的に「紙」

ワイナリーのプロジェクトも同じ文脈なのですが、建築の現場も同様にひどく、いまだに資料は全部紙(しかも設計図用のARCH Dというクソ大きい紙の紙の巻物)で、壁や床にチョークでマーキング、現場の連絡は全てSMSで、なんと実際の電気の配線図も存在しません。「こういうのを作って」という仕様に対して、職人さんが「こんな感じでよくね?」という風に、経験で適当にそれっぽく仕上げる世界です。当然ミスは大量に発生するのが当たり前で、直前まで何度もバスタブを入れてくれと話していてもシャワールームにされたり、水栓の取付方向を間違われたり、BBQ用のガス管を引き忘れたりなどアメリカでは家が予定通りにマトモに建ちません。(※全部周りの人の実話です)今までこういう事があるたびに「アメリカ人だしまぁ雑で仕方ない」と思っていました。でも現場を見て確信しましたが、これは人間性の問題ではなく、明確にプロセスの問題です。昭和の職人が真心をこめて作ってる世界というのは、令和のこの世にもまだまだ山程あるのです。テクノロジーで改善出来る事は沢山あります。

幸いにも自分には、フロントエンドからサーバサイド、インフラだけでなく、回路設計やデザイン、事業創出と経営まで拙くも一通り経験したことがあります。そして建築の知識や施工技術も持ち合わせていました。これらを活用して、今度は建築の現場でテクノロジーを使った家造りに挑戦してみようと思っています。

マルチキャリアは楽しいぞ

家造りと並行して、ワイナリー経営やワイン造り、そして自分の個人事業としてやってる趣味の決済サービスやハードウェア関連開発、新規事業開発支援などは引き続き全力で取り組むつもりです。いわば「複業」の形ですが、いままでと変わらず頑張らせて頂きますので何卒よろしくお願いいたします!

実は過去にもHOMMAにお誘い頂いた事があるのですが「自分の興味領域は広く、一緒に取り組んでいる楽しいプロジェクトが沢山あるので全てを捨ててフルタイムは到底無理です」とお断りさせて頂いていました。ただプロジェクトが進み、本当の意味でスマートな家を作るにはもっとテクノロジーに投資しないと行けないいとなったとき「ワイナリーや個人事業は、きょろさんという人間そのものの個性でキャラクターだと思っているから、ぜひそのまま精力的にに取り組みつつ、HOMMAの家造りの深いところから関わってほしい。会社としても複業は歓迎するし、支援をして応援する」というオファーを今回頂いたのがきっかけです。

自分にとってはどのプロジェクトも、ものづくりという面においては同じ方向性を持った楽しい取り組みで共通項や相互の学びが大変強いものです。いろんな方向から挑戦をしていけたら嬉しいなと思っています。

よかったら一緒に家建てましょう!

ということで、ソフトウェアエンジニアとしてアメリカで家を建てる仕事を始めたよ!というご報告でした。このHOMMAのプロジェクトでは一緒に未来の家を作ってくれるエンジニアを積極採用中でして、アプリでもWebでもインフラでも組み込みでも、一芸に秀でた方もしくはフルスタックな方は大歓迎です。日本の企業や住宅&建材メーカーとも連携しているので、日本での開発拠点も今後立ち上げる予定です。

「面白そうだな!俺も家つくりたい!」と思った方はぜひ気軽にTwitter(@kyoro353)やFB,メール(kyoro@hakamastyle.net)などでご連絡ください。アメリカで働きたい方にはもちろんビザのサポートもさせていただきます。シリコンバレーに渡るチャンスやキッカケにどうぞ使ってください。お給料もスタートアップなので青天井ではありませんが、シリコンバレー基準でしっかりお支払いできる見込みですので、どうぞご安心を。

ワイン造りに家造り、個人事業としての決済やハードウェア開発ともども、みなさま引き続き宜しくお願いいたします!