コロナ禍で引きこもりが加速し、創作欲求が爆発した結果、自分で足湯を設計&施工してウチのワイナリー「SUNSET CELLARS」に実装し、おそらくカリフォルニア初の本格的な日本式公共足湯を開湯(かいとう)しました。今週末から「Zen Zin Onsen」として営業を開始し、SUNSET CELLARSのテイスティングルームでワインを飲みながら足湯に浸かるという極上体験を誰でも気軽にお楽しみいただけます。いままでガレージをDIYしてオフィスを施工したり、本業でも家を作ったりしているフルスタックエンジニア(物理)な自分ですが、今回の対戦相手は行政と水漏れ、ボイラー制御でした。小さな頃から本当に温泉の文化や雰囲気、エクスペリエンスが大好きで、死ぬまでに自分の手で理想の温泉を開湯したいという夢を持っていた私ですが、その目標の5%くらいを達成することができたかなと満足しています。このエントリーは、カリフォルニアで合法的に公共の足湯を施工して開湯するために頑張った、そんな開発秘話です。

本格足湯がワイナリーにオープンです

コロナで営業停止!いきなりの経営危機から始まったリノベーション

忘れもしない2020年3月15日、私達のワイナリーを含むナパ・ヴァレー周辺全域のワイナリーやBar、レストランに休業命令が出されました。アメリカで新型コロナの感染爆発が始まった事に対する措置でしたが、私達のような小さなワイナリーには大打撃。一般流通で販売できる規模にない小さなワイナリーは、テイスティングルームでしかワインを売ってないケースがほとんどだったからです。いきなり売上がゼロに落ち込んだ結果、実際に少なくない数のマイクロ・ワイナリーが廃業を余儀なくされました。
私達は2019年11月にワイナリーの経営を引き継いだばかり。「これからイベントも色々仕込んで売上伸ばしていくぞ!」と頑張り始めた矢先の出来事といきなりの経営危機に、頭が真っ白になりました。

一方で大変幸運なことに、私達にはツタ主というワインを定期的に購入していただける、言わば「飲む株主」の皆様のご支援がありました。ツタ主は日本や米国の皆様にワインをお手軽な値段で直販するサブスクリプションです。ここから得られる収入で、最低限のワイナリー機能は維持できる見込みが立ちました。もしツタ主の立ち上げが半年遅れていたら、私達も廃業の道を辿ったかもしれません。ツタ主の皆様に心から感謝しました。

そうとなれば営業停止期間中、何もせずにいるわけにはいきません!来る営業再開の日を夢見て、私達は工具を手に持ち、DIYでテイスティングルームのリノベーションを開始しました。

DIYでリノベーション


内装もかわいくなりました

合法的な足湯を作る

DIYスキルが高まり、施工用のパワーツールや工具も増えてくると、様々なものを自分で作りたくなるのがエンジニアの性というものです。屋外での営業再開以降、鉄板を加工したサインボードや間接照明、野外音響設備、ファイヤープレイスなど様々なものを施工してテイスティングルームをアップグレードしてきました。平日はリモートで本業のデジタルなものづくりにコミット、週末はワイナリーでアナログなものづくりにコミットする日々は本当に楽しいものでした。そしてアメリカではコロナの状況もワクチン接種が進んだことで劇的に改善し、2021年6月15日にはカリフォルニア州内の全営業規制が解除されることが決まりました。そこで今までのDIYの集大成として、野外にウッドデッキを施工しようという計画が持ち上がりました。しかし、ただのウッドデッキを施工しても面白くありません。私達にしか提供できないユニークなものって無いだろうか?というディスカッションのなかで、私の「温泉つくりたい!」という話から、着衣のまま気軽に楽しめる足湯とかアメリカでも受けるんじゃない?!という話に発展しました。

屋外営業限定ですが大人気に

足湯を作るのはまぁ物理的には可能です。しかしワイナリーは商業施設、単に作るだけでなく、合法的に作らなければいけません。とはいえ、過去にアメリカで公共の足湯なんて見たことがありません。チームのメンバーといろいろな営業許可や法律を調べてみましたが「Public Foot Spa」に関連するような規制やレギュレーションは全く見つかりませんでした。

そこでもう正攻法に行政、つまりワイナリーのある地域を管轄するSolano Countyの公衆衛生局に相談しに行くことにしました。対応してくれたのは陽気なおばちゃんの局員です。

「オープンでSharedなFoot Spa作って提供したいのだけど、どういうライセンスやPermitが必要ですかね?」

「え、オープンでSharedってどういう意味?」

「(写真を見せて)こういうの。日本だと人気で、色んな所にあるんですよね」

「オーマイガ!!なにこれAwesome cool!

そのあと、おばちゃん局員同士で色々話し合って検討してくれた結果として

「頑張って調べたんだけど(日本式の)足湯に関する法規制、何もなかったわ!ちなみに水深はいくつ?」

「6インチです」

「じゃあ完全に問題なしね!プールやジャグジーにも該当しないわ。水深12インチ以下は法律上、ただの水たまり(Puddle)よ!」

「水たまり!?」

「そう、たまたま温かい水たまり!」

なんということでしょう!前例がないため、アメリカには足湯に関するレギュレーションが何もなかったのです。

「衛生面は大丈夫なの?」

「毎日汲み上げてる地下の天然水を変えて、アルカリを入れてpHを調整しつつ、循環させてフィルトレーション。UV殺菌もしようかなと」

「大丈夫そうね。とりあえず作って営業してみたら?もし問題になったらまた相談に来て頂戴!」

レッドウッドの質感、美しい


まさかの「やってみたらええやん」をお上に頂いてしまいました。さすがアメリカ、さすがシリコンバレー。とりあえずやってみる、がDNAレベルで染み込んでいるこの国、私は大好きです。

フロを温めるのは難しい

雑な設計だけどなんとかなる!

行政のGoは出ました。あとは作るだけ!サクッと落書き程度の設計図を書いたらHome Depotにトラックを飛ばします。
木材を買い込んだら施工開始。加工は流石にお手の物で、新しく導入したMiter Sawの貢献もあり、ウッドデッキ部は1日でほぼ施工完了。足湯部分は素材にこだわって、カリフォルニアを代表する木材であるRedwoodを100%使用しました。こちらも1日でほぼ施工完了。木材のつなぎ目は、透明なシーリング材で埋め、その上からウレタンを塗装して防水&撥水性を高めました。

この足湯では、ワイナリーの地下から汲み上げた天然水を使用します。火山性土壌のため大変ミネラルが豊富で、本当にお肌がスベスベします。この水をポンプで循環させつつ、ボイラーで温めて加熱して熱エネルギーを蓄積させる設計です。

この調子なら3日くらいで完成するかな、と甘い見立てを建てていましたが、いっくつかの問題に直面します。止まらない水漏れと、流水制御、ボイラーの安定稼働です。

ウッドデッキは1日で完成

まず、水を張っても漏れまくりです。全然水が溜まりません。液体は本当に少しでも隙間があれば漏れる……これはもう、根気よくシーリングをしていくしかありません。また、木材は乾くと若干サイズが縮むので、それも考慮した設計にしないといけませんでした。ドレインまわりはコンクリートなども併用し、塗っては乾かしを繰り返して1週間かけ水漏れを止めました。

すごい日本の温泉っぽい

次の問題は流水制御です。高さが無いので別にどんなポンプでも大丈夫だろうと思っていたのですが、最終的に考慮すべきは動かす水の総重量、つまりホースの長さも重要な要素です。静音性を実現するために足湯から離れた場所にボイラー設備を設置したので、最初に買ったポンプは馬力が足りず全然ワークしませんでした。

ボイラーの改造たのしい

一番解決に時間がかかったのはボイラーの制御でした。最初に購入した電気式ボイラーでは全くパワーが足りず、温まるのに時間がかかりすぎて業務では使い物になりません。そこでキャンプ用のガス式ボイラーを入手しましたが、こちらは焼付き防止の安全装置のため長時間の安定稼働ができず、こまめに燃焼と冷却を繰り返す必要がありました。元々の製品としては水流に連動して燃焼をON/OFFできるものだったのですが、それでは水流がこまめに止まってしまい、フィルトレーションに問題が発生します。そこで内部の回路を改造し、不完全燃焼防止装置を制御することで、電気的に燃焼を制御できるようにしました。

Onsen OSはESP8266で稼働します

ここまで来るともうプログラムで制御した方が早いので、サクッとESP8266用に「Onsen OS」というソフトウェアを実装しました。浴槽の温度センサーの値を一定に保ちつつ、ボイラーが焼き付かないように細かに燃焼を制御。また、水位センサーと電磁バルブを使ってお客さんが遊んで水位が減った場合でも自動で給水し、水位を一定に保ちます。ここまでくればもはや趣味ですが、無駄にMQTTでクラウド接続。アプリから温度確認や制御が可能です。こういうのをサクッと作れるというのが、ソフトウェアエンジニアやっててよかったなと思う瞬間です。

地元民に愛される温泉に

アメリカ人も足湯大好き


冷え込む夜もポカポカ・ナイト・テイスティング

完成した足湯には、SUNSET CELLARSの継承するワイン醸造哲学「Zen Zin」の名前を関して「Zen Zin Onsen」と名付けました。最初は足を入れることに抵抗があったアメリカの人々ですが(足は汚いものというイメージがあるらしく、他人とお湯を共有するのに心理障壁があるみたい)UVライトを見える場所に設置したところ、ゴジラの光線のごとく青白い光がすべてを殺菌してくれているかのような理解を得たのか、ノリノリで試してみてくれるようになりました。そして一度浸かったら本当に気持ちいい。なんてものを自分で生み出したんだと感動してしまうレベルです。

足湯に浸かりながらのワインは最高

足湯に浸かりながら水の流れる音を聞き、ワイングラスを傾けて余韻に酔いしれるのは極上の体験です。今ではローカルの方々を含め、人種や年齢を問わず「Winery Foot Spa」として親しまれています。大好きな日本の温泉&足湯文化を少しでも輸出できたいのはと、嬉しく思います。サンフランシスコから車で40分、Fairfieldにお越しの際は、ぜひ私達のテイスティングルーム、Suisun Valley Wine Co-Opにお立ち寄りくださいね!

Japanese Style Natural Foot Spa

ライフワークとしてのスモールビジネスって面白い

ワイナリーは私にとっては、本業、副業に続く第3の「家業」です。このスモールビジネスは上司や投資家の目を気にせず、ノープレッシャーで自分のスキルを惜しみなく注いで育てる、自分のための癒やしのビジネスです。普段エンジニアとして仕事をしていると、経営から実装、営業、経理、カスタマーサポートまで、1から100まですべての事に関わることは難しいですし正直大変です。でもこういう小さなライフワークとしてのビジネスを持っていると、すべてのことを自分でやらなければ行けない代わりに、それぞれのフェーズで様々な学びを得る事も多くあります。ぜひ皆さんも、なにか好きなことがあれば、それに関連する「小さな起業」を計画してみても面白いかもしれませんね!エンジニアってプログラムに限らず、色々と作り出せる可能性を持った存在だと思うので。

Happy Hacking!

みんな遊びにきてね!

宣伝:ツタ主の募集も再開しました!

会員サイトから自分の葡萄のツタの状況や醸造状況の確認ができます

私たちSUNSET CELLARSでは、季節ごとにワインを日米のご家庭にワイナリーから直販価格で直接お届けする「Vine Owner’s Club」というワインクラブの会員を募集しています。会員になると実際にVineyardに生えている葡萄のツタを1本プレゼント!ツタ主としてオンラインで自分のツタの育成状況や、ワインの醸造状況を確認したり、数年オーナーを続ければ自分の葡萄から作られたワインがお手元に届きます。もちろんツタ主の方は足湯の利用も無料!専用タオルも無料でレンタルできます。

ワインは醸造に年単位の時間がかかるので募集できる数に限りがありますが、現在若干名の追加募集をしておりますので、ご興味のある方はぜひこの機会にご登録ください。みなさまのご参加をお待ちしております!

【Vine Owner’s Club】
https://sunsetcellars.jp/club